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訃報

平成18年4月18日午前9時過ぎ、義父【岩下保】は、自宅で義母・岩下イヨ・義妹・島田三知代に見取られ永眠いたしました。
平成18年4月20日・通夜  4月21日・告別式を済ませましたことをご報告申し上げます。

最後は義妹・三知代の腕の中で妻・イヨさんに
何度もありがとう・ありがとうと言い、
眠るように永眠されたと聞きました。

思えば昨年の夏に高森に帰ったときには、
とても元気で、僕のほうが義父より先に逝くかも
知れないとひそかに思ったほどでした。

しかし10月にわずらった脳梗塞が致命傷となったようです。
以前にも軽い脳梗塞をわずらって、日増しに回復した過去が
あります。

僕は11月後半から体調を崩し12月26日には(気胸)で
入院することになり、2月半ばまで仕事をすることができず
お正月にも高森に帰ることができなかったのです。

帰郷した周次さんの写真を見て、
夏との落差にただ驚くばかりでした。

虫が知らせたのか3月末に征代の職場の春休みを利用して
高森に帰りました。

そのときの印象として、あまりの衰弱にただ呆然としました。
だから写真を撮るためにカメラを向けることもできず。
最後の写真は征代の新しい携帯電話で撮影した着信画像が
最後のものとなりました。

さらに思い起こせば、3月に帰ったときに母屋の仏間に
飾ってある表彰状などを外せと言い出し、そのときはその意味
がわからなかったのですが、今思えば母屋で告別式を
とり行うのには、表彰状などは外さなければならないのでした。

さらに今年になって、母屋の手洗い場の改修を突然言い出し
家族の反対を押し切って改修しましたが、かくあるべきことを
本人は自覚していたのでしょう。

3月31日午後4時過ぎ、東京に帰るために高森駅まで歩く途中
ベランダに立っていつまでも僕たちを見送ってくれました。
折り重なった棚田で見え隠れしますが、最後まで手を振って
いつまでも見送ってくれました。

今思えばあれが最後のお別れでした。

お父さん長い間本当にご苦労様でした。
僕たちが暮らしている現代社会とは比べ物にならない過酷な
昭和初期を生き抜かれ、太平洋戦争にも出兵され最も過酷な
時代を家族のために精一杯過ごされたその姿は僕たち
残されたものにはとっても大切な誇りです。

ありがとうございました。

                     田舎暮らし連盟
                        小谷征一

昨年の夏休み帰郷したときにベランダでのバーベキューを撮影

今年の1月1日・次男・周次さんが故郷したときに撮影

最後の写真3月28日・征代の携帯電話で撮影

わらぞうりを造る在りし日の義父

御会葬御礼

謹啓  亡夫 岩下保 儀 満93歳 死亡に際しましては早速ご鄭重なるご弔辞並びにご芳志を賜り且つ葬送の節はご多用中にもかかわらず。
遠路態々ご会葬いただきご厚情のほど誠にあり難く厚く御礼申し上げます。
実は排眉の上御礼申し上げるべき処とりあえず書中をもって御礼旁々ご挨拶申し上げますとともに故人生前のご厚誼を感謝いたします。
                                                                               敬具
尚御香典返しの儀は勝手ながらご芳志の一部を高森町福祉協議会に寄付いたしますのでご了承のほどお願い申し上げます。

平成18年4月20日

              熊本県阿蘇郡高森町高森
              喪主   妻  岩下イヨ
                   長男  岩下功
                   次男  岩下周次
                   長女  小谷征代
                   二女  島田三知代
                親族代表  片山義雄
                        他親戚一同

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